袋小路の黒こうじ

不安症持ち非正規労働者の自分を見つめる毎日

考えすぎだよ まだ若いから大丈夫だよ

「考えすぎ」「まだ若いから大丈夫」と言われて早10年が経った。

社交不安障害に関する書籍を読んでいると、「発症年齢は10代半ば頃が多い」ということが書かれている。
しかし発症からかなり時間が経ってから受診する人が少なくないという。

かくいう私も精神科に受診したのは、成人し働き始めてからだったが、社交不安障害と思われる症状は10代半ばから始まっていた。

働き始めてからは、今までどおり回避行動を取ることが難しくなり、受診を考えるようになった。
しかし、周りに知られるのではないか、ということが第一に気になった。
さらに電話恐怖もあり、病院に電話がかけられなかった。(これは今も苦手)
受診して「ただの考えすぎ」と言われると思うと、それも怖かった。

受診を決断するまでに数年を要した。

受診する前は性格の問題と思い、自己啓発書をよく読んでいた。
今ほど電話恐怖が酷くなかった学生の頃は電話相談、スクールカウンセリングに頼った。
その後はサポートステーションや、若者向けのハローワークで行われているキャリアカウンセリングなどを利用した。
そこで得られる言葉の大半は「考えすぎだよ」という類の言葉だった。

考えすぎ、と言われて考えなくなることはできなかった。
まだ若いから、と言われて年齢だけ重ねていく。

カウンセリングをして気持ちが晴れることもあった。
相手が適当に答えていたわけではないことをわかっていた。
しかし、そう言われるたび「そんなことはわかってて、そこを悩んでいるのだ」と思い、それ以上相談することがなかった。
言葉を選ばずに気持ちを正直に言うのなら、「この人には、この話をしても仕方がない」と感じた。

そうして、周りに相談できなくなった。

ここ最近オンラインカウンセリング等を用いて、改めて周囲に悩みを打ち明けてみた。
以前よりは悩みに理解を示してもらえているような感覚を得た。
手放しに「若い」と言えなくなる年齢に差し掛かっているからだろうか。

大して成長しないまま年齢だけを重ねてきた、という引け目がある。
次第にこうやって悩むことは、私にとって一種の現実逃避なのではないか、という気持ちも生まれている。

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先日、ペルセウス流星群がピークだった。

形から入るタイプの私は「ギャラクシーホップ」というおあつらえ向きのビールをパッケージ買いした。
苦味が少なくて、柑橘系の香りがする。
好みはわかれるようだが、私は結構好きな味だった。

そして好きな音楽を聞きながらベランダから星空を眺めていた。

何も考えず星空を見ていると、何個か流れ星が見えて、その時だけは気が休まった。
(たんなる飛蚊症のような気も後からしてきたが…)